65歳を過ぎても厚生年金に加入して働く場合、老齢年金をすぐ受け取るのか、それとも繰下げ受給によって将来の年金額を増やすのかは悩みやすい問題です。特に給与を受け取りながら働いている人は、繰下げによる増額だけでなく、在職老齢年金による支給停止、税金・社会保険料、今後の生活資金まで含めて考える必要があります。
健康で当面の生活費にも余裕がある場合、繰下げは有力な選択肢になります。ただし、単純に「長生きするなら繰下げが得」とだけ考えると見落としがあります。ここでは、65歳以降も働く人が年金の受給開始時期を判断するときに確認したいポイントを整理します。
65歳以降の年金は働きながらでも受け取れる
まず押さえておきたいのは、65歳以降も会社で働いているからといって、年金を受け取れないわけではないということです。給与を受け取りながら老齢基礎年金や老齢厚生年金を受給することは可能です。
ただし、厚生年金に加入して働いている人については「在職老齢年金」という仕組みがあります。給与・賞与と老齢厚生年金の金額によっては、老齢厚生年金の一部または全部が支給停止になることがあります。一方、老齢基礎年金は在職老齢年金による支給停止の対象ではありません。
2026年度は、老齢厚生年金の基本月額と総報酬月額相当額の合計が月65万円を超えると、超過額に応じて老齢厚生年金が支給停止される仕組みです。2026年4月から基準額が従来の51万円から65万円へ引き上げられています。制度や年度によって基準額が変わる可能性があるため、最新情報は日本年金機構で確認することが重要です。[参照:日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」]
年金を繰下げると1カ月につき0.7%増額される
老齢基礎年金・老齢厚生年金は、原則65歳から受け取れますが、一定の条件のもと66歳以降75歳まで受給開始を遅らせることができます。これが「繰下げ受給」です。
繰下げによる増額率は1カ月につき0.7%です。単純計算すると1年間で8.4%、5年間なら42%、10年間なら84%となり、繰下げによって決まった増額率はその後も変わりません。[参照:日本年金機構「年金の繰下げ受給」]
例えば65歳時点の対象年金額が年180万円だったと仮定し、単純化して1年間繰り下げると、増額率は8.4%です。年180万円×8.4%=約15万1,200円となるため、繰下げ後の対象年金額は概算で年195万1,200円になります。ただし実際の年金額は加入記録や在職状況などによって異なります。
66歳なら「すでに8.4%増額」という考え方になる
65歳から年金を受け取らず、66歳まで1年間繰り下げた場合、原則として増額率は8.4%です。そのため66歳前後は「ここからさらに繰り下げるか」「そろそろ受給を開始するか」を考える一つのタイミングになります。
例えば対象となる年金が年180万円だった場合、65歳から受け取れば1年間で180万円を受け取れます。一方、66歳まで繰り下げると、その180万円を受け取らない代わりに、その後の対象年金額が8.4%増えるという関係になります。
単純計算では、1年間繰り下げたことで受け取らなかった180万円を、その後の年間増額約15万1,200円で取り戻すには約11.9年かかります。つまり税金、社会保険料、年金改定などを無視した非常に単純な計算なら、66歳から受給開始した場合の損益分岐はおおむね78歳前後が目安になります。
ただし、これはあくまで制度を理解するための概算です。実際の手取りベースの損益分岐点は、所得税・住民税、健康保険料、介護保険料、在職老齢年金による支給停止などで変わります。
働いている人は「在職老齢年金」と繰下げの関係に注意
65歳以降も厚生年金に加入して働く人にとって特に重要なのが、在職老齢年金と繰下げ受給の関係です。
在職老齢年金によって支給停止となる老齢厚生年金の部分は、繰下げによる増額の対象になりません。つまり「働いていて年金が支給停止になるなら、その停止された金額もまとめて繰下げ増額される」という仕組みではありません。[参照:日本年金機構「老齢厚生年金を繰下げ請求した場合の増額」]
給与が比較的高い人ほど、この点は重要になります。自分の給与・賞与と本来の老齢厚生年金額を確認し、「今受給した場合に在職老齢年金でいくら停止されるのか」「繰下げた場合の増額対象はいくらになるのか」を比較してから判断した方がよいでしょう。
65歳以降も厚生年金に加入すると将来の年金額にも反映される
もう一つ混同しやすいのが、繰下げによる増額と、65歳以降に厚生年金へ加入して働くことで増える年金は別の仕組みだという点です。
65歳以上70歳未満で厚生年金に加入しながら老齢厚生年金を受け取っている場合、毎年9月1日を基準として加入期間が年金額に反映され、原則として10月分から年金額が改定される「在職定時改定」があります。つまり、受給を開始して働き続ける場合でも、厚生年金への加入実績が年金額に反映されていきます。[参照:日本年金機構「在職老齢年金の計算方法」]
なお、厚生年金保険の被保険者となれるのは原則70歳までです。70歳以降も厚生年金適用事業所で働く場合には在職老齢年金による支給停止が行われることがありますが、70歳以上の勤務期間は厚生年金の加入期間として年金額を増やす期間にはなりません。
老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰下げできる
「受給するか、全部繰り下げるか」の二択だと思われがちですが、実際には老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰下げることができます。[参照:日本年金機構「66歳以後に老齢年金の受給を繰下げたいとき」]
例えば、老齢基礎年金は66歳から受給し、老齢厚生年金だけさらに繰り下げる方法があります。逆に老齢厚生年金を受給し、老齢基礎年金だけを繰り下げることも可能です。
特に働きながら受給する人の場合、老齢厚生年金には在職老齢年金の影響がありますが、老齢基礎年金にはありません。そのため、基礎年金と厚生年金を分けて比較することで、より自分の状況に合った受給方法を選べる可能性があります。
繰下げ受給が向いている人・慎重に考えたい人
繰下げ受給には、長生きした場合の毎年の年金額を増やせるという大きなメリットがあります。健康状態が良好で、給与や預貯金などによって当面の生活費を十分に賄える人にとっては検討する価値があります。
一方、生活費のために預貯金を大きく取り崩さなければならない場合や、健康面から早めに年金を受け取っておきたい場合には、無理に繰下げる必要はありません。年金は「生涯で受け取る総額」だけでなく、元気な時期に自由に使えるお金をどれだけ確保するかという視点も重要です。
また、繰下げによって額面の年金が増えると、その後の所得税・住民税や社会保険料などに影響する場合があります。「年金額が42%増えたから手取りも42%増える」とは限らない点にも注意が必要です。
繰下げを判断するときは3パターンを金額で比較する
感覚だけで判断するより、「今受給する」「数年だけ繰り下げる」「長期間繰り下げる」という複数のケースを数字にすると判断しやすくなります。
| 選択肢 | メリット | 主な注意点 |
|---|---|---|
| 今から受給 | すぐに年金収入を得られる | 繰下げ増額は得られない |
| 1~数年繰下げ | 一定の増額を確保できる | 繰下げ期間中の年金を受け取らない |
| 長期間繰下げ | 将来の年金額を大きく増やせる | 損益分岐まで長生きする必要があり、税・社会保険料の影響もある |
| 基礎・厚生を別々に受給 | 在職状況に応じ柔軟に設計できる | それぞれの年金額を確認する必要がある |
具体的には「66歳開始」「70歳開始」「75歳開始」などについて、80歳、85歳、90歳まで生きた場合の累計受取額を比較すると、自分がどの選択を納得しやすいのかが見えてきます。
日本年金機構の「ねんきんネット」では、条件を設定して将来の年金見込額を試算できます。一般論だけで決めず、自分自身の加入記録と年金額を使って比較することが大切です。[参照:日本年金機構「ねんきんネット」]
まとめ:65歳以降も働く人は「繰下げ・在職老齢年金・手取り」をセットで考える
65歳以降も厚生年金に加入して働く場合でも、老齢年金を受給することはできます。一方、繰下げれば原則1カ月につき0.7%ずつ対象となる年金が増額されるため、健康状態が良く生活資金にも余裕がある人にとっては魅力的な選択肢です。
ただし、働いている人は在職老齢年金による支給停止の可能性があり、支給停止となる老齢厚生年金部分は繰下げ増額の対象になりません。2026年度は給与・賞与を月額換算した額と老齢厚生年金の基本月額の合計が65万円を超えるかどうかが重要な基準になります。
さらに、老齢基礎年金と老齢厚生年金は別々に繰下げることもできます。「全部受け取る」「全部繰り下げる」だけでなく、一方だけ先に受給する方法まで含めて検討すると選択肢が広がります。
最終的には、現在の給与、老齢基礎年金額、老齢厚生年金額、賞与、預貯金、今後何歳まで働く予定かによって有利な方法が変わります。特に66歳以降は、日本年金機構から送付される「繰下げ見込額のお知らせ」やねんきんネットを確認し、必要であれば年金事務所で「今受給した場合の金額」「在職による支給停止額」「さらに繰り下げた場合の見込額」を具体的に確認してから決めるのが確実です。[参照:日本年金機構「老齢年金の繰下げ受給を希望している方へのお知らせ」]

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