1992年ごろの養老保険・個人年金はなぜ有利だった?バブル期の高い予定利率と「お宝保険」の仕組みを解説

生命保険

1990年代初頭に生命保険へ加入した人から、「毎月1万円ほど払って、60歳になると数百万円受け取れた」「昔の保険は今より条件が良かった」という話を聞くことがあります。実際、当時の貯蓄性生命保険には、現在と比較して高い予定利率が設定された契約が存在しました。

特に1992年(平成4年)はバブル崩壊後ではあるものの、生命保険の予定利率が現在の低金利時代と比べて非常に高かった時期に当たります。そのため、養老保険や個人年金保険などを当時契約し、そのまま長期間継続した人が有利な条件で満期保険金や年金を受け取るケースがあります。

ただし、「月1万円で60歳に700万円」という数字だけから当時の商品内容や利回りを特定することはできません。養老保険、個人年金保険、年金特約付きの商品など複数の可能性があり、加入年齢や払込期間、死亡保障、配当などによって受取額は変わります。

1992年は生命保険の予定利率がかなり高かった時代

生命保険文化センターの資料によると、生命保険会社の標準的な予定利率は1985年から1993年4月1日まで、保険期間20年超の契約について5.5%という時期がありました。その後は1993年に4.75%、1994年に3.75%、1996年に2.75%へと低下しています。[参照:生命保険文化センター 生命保険相談マニュアル]

別の生命保険文化センターの研究資料でも、予定利率は1990年時点で契約期間によって5%台の水準が示され、1993年以降に段階的に低下したことが確認できます。[参照:生命保険文化センター 生命保険論集]

したがって、1992年に長期の貯蓄性保険へ加入したのであれば、現在から見るとかなり高い予定利率が使われていた可能性があります。バブルが崩壊した直後だからといって、生命保険の契約条件が即座に現在のような低利率へ変わったわけではありません。

予定利率5.5%なら払った保険料すべてに5.5%の利息が付くわけではない

ここは昔の生命保険を理解するうえで非常に重要です。「予定利率5.5%」と聞くと、銀行預金のように毎月支払った1万円全額が年5.5%で複利運用されたように感じますが、そういう意味ではありません。

生命保険の保険料には、死亡などに備える保障部分や契約を維持するための費用なども含まれています。日本生命も、払い込んだ保険料が預貯金のようにそのまま積み立てられるのではなく、所定の部分について予定利率を用いて積み立てられる仕組みであると説明しています。[参照:日本生命 よくあるご質問]

生命保険文化センターによると、保険料は予定死亡率、予定利率、予定事業費率などの基礎率をもとに計算されます。つまり予定利率が高ければ将来の運用収益を多く見込めるため、同じ保障内容なら保険料を低く設定しやすくなります。[参照:生命保険文化センター 保険料の仕組み]

月1万円で60歳に700万円という話はあり得る?

具体的な契約内容が分からないため700万円という受取額が妥当だったかを断定することはできませんが、加入年齢が若く、30年前後にわたって保険料を支払い、高い予定利率が適用された貯蓄性商品なら、現在の商品より有利な満期設計になっていた可能性は十分考えられます。

例えば月額約1万円を30年間支払った場合、単純な払込総額は約360万円です。35年間なら約420万円、40年間なら約480万円になります。そこへ長期間の積立効果や商品によっては配当などが加わるため、満期時の受取額が払込総額を大きく上回る設計の商品が存在しても不自然ではありません。

ただし、700万円という金額だけを見て「360万円払って必ず340万円儲かった」と判断することもできません。月額保険料、加入年齢、満期年齢、死亡保険金、特約、配当の有無などを契約時の設計書で確認しなければ正確な収益性は計算できません。

「養老年金」は養老保険か個人年金だった可能性もある

「養老年金」という呼び方は、記憶の中で商品名や保険種類が混ざっている可能性があります。生命保険には「養老保険」と「個人年金保険」があり、基本的な仕組みは異なります。

種類 基本的な仕組み
養老保険 保険期間中に死亡した場合は死亡保険金、満期まで生存した場合は満期保険金を受け取る
個人年金保険 一定年齢まで保険料を積み立て、その後一定期間または終身などで年金を受け取る
年金・特約等を組み合わせた商品 商品によって保障・積立・年金などを組み合わせる

日本生命の現在の案内でも、養老保険と年金保険はそれぞれ保険商品・契約として区別されています。[参照:日本生命 主な諸利率一覧]

昔の契約を正確に調べたい場合には、「養老年金」という記憶だけではなく、当時の保険証券、設計書、商品パンフレットなどを確認する必要があります。

なぜバブル崩壊後もしばらく高い予定利率だったのか

バブル経済のピークは1980年代末で、その後株価や地価は下落していきました。しかし、生命保険は数十年間続く長期契約です。市場金利が低下し始めたからといって、契約条件を瞬時にすべて変更できるわけではありません。

その結果、生命保険会社は過去に販売した高予定利率の契約を長期間抱えることになりました。生命保険文化センターの研究資料では、バブル期に個人年金や一時払養老保険などの貯蓄性商品が販売され、バブル崩壊後の低金利環境で運用に苦慮したことが、当時の生命保険会社をめぐる問題として論じられています。[参照:生命保険文化センター 生命保険論集]

つまり契約者側から見ると魅力的だった高予定利率は、金利が急低下した後には保険会社側にとって重い負担になりました。いわゆる「逆ざや」の問題です。

昔の高予定利率契約が「お宝保険」と呼ばれる理由

1990年代前半以前などに契約された高予定利率の生命保険は、現在では俗に「お宝保険」と呼ばれることがあります。正式な保険用語ではありませんが、現在では同じ条件を再現するのが難しい契約を表現した言葉です。

例えば昔契約した保険を解約して、現在販売されている商品へ入り直した場合、年齢が上がっていることに加え、予定利率などの契約条件も異なります。そのため古い契約を持っている人は、単純に「新商品のほうが新しいから有利」と考えず、現在の契約内容と比較する必要があります。

一方で、高予定利率だからどんな古い保険でも維持すべきとは限りません。保障が現在の生活に合っているか、保険料負担、満期時期、必要な保障額なども含めて判断する必要があります。

半年程度で解約すると高予定利率のメリットを受けにくい

養老保険などの長期保険を加入後半年程度で解約した場合、高い予定利率の商品であっても長期継続によるメリットを十分に得ることはできません。生命保険は短期間の貯金とは仕組みが異なるためです。

一般に生命保険の解約払戻金は、加入直後には払込保険料を下回ることがあります。長期間継続することを前提として設計されているため、高い予定利率の効果も長い年月をかけて現れます。

逆にいえば、1992年前後に加入して60歳まで何十年も契約を維持した人と、半年で解約した人では結果が大きく異なるのは自然です。当時の高い予定利率に加え、長期間継続できたこと自体が大きなポイントになります。

昔と同じ商品がないのは金利環境と商品設計が変わったため

現在も養老保険や個人年金保険という種類そのものが完全になくなったわけではありません。一方、1990年代初頭と同程度の高い予定利率を長期間固定した円建て貯蓄性保険を、当時と同じ感覚で購入できるという意味ではありません。

日本生命でも現在、養老保険や年金保険などに関連する諸利率を案内しています。また商品によっては予定利率が一定ではなく、市場環境などに応じて変化する仕組みもあります。[参照:日本生命 主な諸利率一覧]

したがって昔の契約と現在の商品を比較するときは、満期金だけではなく、払込保険料総額、保障内容、予定利率、配当、解約払戻金、税金などを含めて比較することが重要です。

まとめ:1992年は現在から見ると高予定利率の保険に加入できた時代

1992年ごろは、バブル崩壊後ではあっても、生命保険では現在と比較してかなり高い予定利率が使われていた時期でした。生命保険文化センターの資料では、保険期間20年超の標準的な契約について、1985年から1993年4月1日まで5.5%という予定利率が示されています。

その後、予定利率は1993年に4.75%、1994年に3.75%、1996年に2.75%と急速に低下しました。そのため1992年前後に長期の養老保険や個人年金などへ加入し、その契約を維持した人が、後から見れば非常に有利な条件を確保できたケースは実際にあります。

ただし予定利率は預金金利とは異なり、保険料全額にその利率が付くものではありません。また「月1万円で60歳に700万円」という契約がどの商品だったかは、加入年齢や契約期間などが分からなければ特定できません。それでも、1992年当時の金利・予定利率が現在よりかなり高く、長期継続した貯蓄性保険が有利な結果になり得た、という理解はおおむね正しいといえます。

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