親の死亡後にキャッシュカードで預金を全額引き出しても大丈夫?相続財産・口座凍結・遺産分割の注意点を解説

貯金

親が亡くなった後、子どもが親名義のキャッシュカードと暗証番号を知っていれば、銀行が死亡を把握する前の段階ではATMから預金を引き出せてしまう場合があります。しかし、「機械上は引き出せる」ことと「相続人として自由に全額取得してよい」ことはまったく別の問題です。

死亡した人が持っていた預貯金は原則として相続財産です。子どもが死亡直後に現金化しても、それによって預金がその子だけの財産になるわけではありません。ほかに相続人がいれば、遺産分割や相続税の計算にも関係します。

特に避けたいのは、ほかの相続人へ知らせず「暗証番号を知っているから」という理由だけで全額を引き出し、自分のお金として使ってしまうことです。葬儀費用などで現金が必要な場合には、現在は遺産分割前でも一定額を正式に払い戻せる制度があります。死亡後の預金は、銀行の相続手続を利用して処理するのが基本です。

親が亡くなった瞬間から預金は相続の対象になる

銀行口座の名義が親のままでも、親が死亡すれば、その預貯金は相続財産として扱われます。相続税についても、現金・預貯金は相続財産を構成する代表的な財産です。[参照:国税庁「相続税の申告要否判定コーナー・現金・預貯金」]

したがって、親の死亡時点で銀行に500万円の預金があり、死亡後に子どもが500万円をATMから引き出したとしても、「死亡時には口座が500万円だったが、その後ゼロになったので相続財産もゼロ」ということにはなりません。

死亡後に預金から現金へ形が変わっただけだからです。誰が引き出したのか、何に使ったのかを記録し、遺産分割や相続税申告で適切に扱う必要があります。

キャッシュカードと暗証番号を知っていても自由に全額取得できるわけではない

親から生前に暗証番号を教えてもらっていたとしても、それは通常、親が亡くなった後の預金を子ども一人が無条件に取得できる権利を意味しません。

例えば父が亡くなり、相続人が母・長男・長女の3人だったとします。長男だけが父のキャッシュカードと暗証番号を知っていたからといって、死亡後に預金1,000万円を引き出し、「カードを持っていた自分のお金」とすることはできません。

預金は遺産分割の対象となり得る財産であり、ほかの共同相続人との関係を無視できないからです。法務省も、相続された預貯金債権は遺産分割の対象財産に含まれ、共同相続人が原則として単独で自由に払い戻すことはできないという制度を前提に、遺産分割前の預貯金払戻し制度を説明しています。[参照:法務省「預貯金の払戻し制度の創設」]

銀行が死亡を知ると口座は通常「凍結」される

金融機関が口座名義人の死亡を把握すると、通常はその口座から自由に出金できない状態になります。一般に「口座凍結」と呼ばれる状態です。

これは銀行が預金を没収するためではありません。死亡後の預金について、誰が正当な相続人なのか、誰がどれだけ取得するのかが確定していない状態で、一人の相続人などへ全額を払い戻してしまうトラブルを防ぐ意味があります。

その後は戸籍関係書類、遺言書、遺産分割協議書など、それぞれの相続状況に応じて金融機関所定の相続手続きを進めます。

銀行が死亡を知らない間ならATMで下ろせることはある

銀行は人が死亡した瞬間に自動的にすべての死亡情報を把握するわけではありません。そのため死亡直後でも口座がまだ利用可能で、キャッシュカードと暗証番号を知っている家族がATMを操作すると出金できるケースがあります。

しかし、これはあくまでシステム上取引が通ったという話です。ATMから出金できたこと自体が、そのお金を引き出した人に帰属させる法的根拠になるわけではありません。

「銀行が止めなかったのだから自由に使ってよい」という考え方は危険です。銀行のシステム上の可否と、相続人間で誰に財産が帰属するかという問題は分けて考える必要があります。

死亡後に全額を引き出すと何が問題になるのか

最も大きな問題になりやすいのは、ほかの相続人との関係です。法務省の法制審議会資料でも、遺産分割前に預貯金の不当な払戻しが行われた場合には、他の共同相続人との関係で不法行為や不当利得が成立することが考えられると説明されています。[参照:法務省・法制審議会資料]

つまり、ほかの相続人に無断で預金を持ち出して自分のために消費すれば、後から返還や精算をめぐる民事上の紛争になる可能性があります。

一方、死亡後の引出しがすべて同じ評価になるわけではありません。相続人全員が了承したうえで葬儀代を支払うために管理していたケースと、一人の相続人が秘密裏に全額を引き出して自分の買い物へ使ったケースでは事情が大きく異なります。

具体例|父の預金600万円を長男が全額引き出した場合

例えば父が死亡し、銀行口座に600万円が残っていたとします。相続人は母と長男・長女の3人だったとします。

長男が父の暗証番号を知っており、銀行へ死亡の連絡が入る前に600万円すべてをATMなどから引き出したとしても、その600万円が当然に長男の取り分になるわけではありません。

遺言など特別な事情がなければ、600万円を含む遺産について相続人間で遺産分割を行うことになります。長男が600万円を保管しているなら、その事実を明らかにしたうえで遺産全体の分け方を協議する必要があります。

「葬儀代に必要だから下ろした」はどう考える?

死亡直後には葬儀費用、病院代、施設費、公共料金など、まとまった現金が必要になる場合があります。そのため「口座が凍結される前に下ろしておこう」と考える家庭もあります。

ただし、葬儀費用のために必要だったとしても、キャッシュカードで勝手に全額を引き出す方法を積極的に選ぶ必要はありません。現在は、一定の条件で遺産分割前に預貯金を正式に払い戻せる制度が設けられています。

また、実際に死亡後の預金から費用を支払った場合には、領収書を保存し、「いつ・いくら引き出し・何に使ったか」が分かるよう記録しておくことが相続人間のトラブル防止につながります。

遺産分割前でも預金を正式に払い戻せる制度がある

2019年7月1日から、遺産分割が終了する前でも、共同相続人が一定額まで預貯金を単独で払い戻せる制度が設けられています。葬儀費用や生活費など、相続直後の資金需要へ対応するための制度です。[参照:法務省「預貯金の払戻し制度の創設」]

家庭裁判所の判断を経ずに金融機関から払い戻せる金額は、基本的に次の計算式で求めます。

相続開始時の預貯金額(口座ごと)×1/3×払戻しを行う相続人の法定相続分

ただし、同一の金融機関から払い戻しを受けられる金額には1人当たり150万円という上限があります。

仮払い制度の計算例

法務省が示している例では、預金600万円について、一定の条件のもと長男が100万円を単独で払い戻せるケースが紹介されています。

例えば相続人が長男と次男の2人で、それぞれの法定相続分が2分の1、対象口座の預金が600万円なら、「600万円×1/3×1/2=100万円」と計算できます。

これは暗証番号を使って親名義のカードから勝手に100万円を引き出すという意味ではありません。相続人として金融機関へ必要書類を提出し、正式な払戻し手続きを利用する制度です。

150万円を超える資金が必要なら家庭裁判所の手続きもある

金融機関で行う仮払いだけでは不足する場合には、遺産分割の調停・審判が申し立てられていることなど一定の前提のもと、家庭裁判所へ預貯金の仮払いを求める方法があります。

法務省は、仮払いの必要性が認められ、ほかの共同相続人の利益を害しない場合には、家庭裁判所の判断によって仮払いを認める制度についても説明しています。

そのため「口座が凍結されたら遺産分割が終わるまで1円も使えない」という理解も現在では正確ではありません。

一人っ子なら自由に引き出しても問題ない?

相続人が本当に一人だけなら、ほかの共同相続人との取り分を侵害する問題は生じにくくなります。しかし、それでも死亡した親のキャッシュカードをそのまま使って全額を引き出す方法が正規の相続手続きになるわけではありません。

例えば配偶者が存命なら、子ども一人だけに見えても配偶者も相続人になります。また、家族関係によっては別の子どもが存在するなど、想定していなかった法定相続人が判明することもあります。

相続人が一人であることが戸籍上確認できる場合でも、銀行へ死亡を届け出て相続手続きにより預金を取得する方が、資金の出所や相続財産の記録を明確にできます。

引き出せば相続税を回避できるわけではない

死亡後に銀行預金を引き出して現金化しても、相続税の対象から消えるわけではありません。相続税で重要なのは、基本的に被相続人が死亡した時点でどのような財産を持っていたかです。

国税庁の資料でも、相続または遺贈により取得した預貯金について、その後払戻しを受けた金銭を相続財産との関係で扱う考え方が示されています。[参照:国税庁]

例えば死亡時に1,000万円の預金があり、翌日に子どもが全額引き出したからといって「死亡後の口座残高が0円だから預金は申告しなくてよい」という処理はできません。

相続放棄を検討している場合は特に慎重に

親に借金がある可能性があり、相続放棄を検討している場合には、死亡後の財産を勝手に処分することは特に慎重に考える必要があります。

相続放棄には期限があり、相続財産を処分した行為が後の法的判断に影響する可能性があります。葬儀費用などの支出については個別事情によって評価が異なるため、「とりあえず全額下ろして使ってから相続放棄すればよい」と考えるのは危険です。

債務の有無が分からない場合や相続放棄を考えている場合には、大きな金額を動かす前に弁護士などへ相談する方が安全です。

死亡後に現金が必要ならどうするのが安全?

まず銀行へ死亡したことを伝え、必要となる相続手続きを確認するのが基本です。葬儀費用などですぐに資金が必要なら、遺産分割前の預貯金払戻し制度が利用できるか金融機関へ確認します。

すでに死亡後に引き出してしまった場合には、使途を曖昧にしないことが重要です。引き出した金額を記録し、残っている現金は自分の生活費などと混ぜずに管理し、葬儀費用などへ支出した場合には領収書を保存します。

そして、ほかの相続人がいるなら「死亡後に○万円を引き出し、○万円を葬儀費用として支払った」と情報を共有しておくと、後の遺産分割で説明しやすくなります。

死亡前の引き出しと死亡後の引き出しは区別する

相続では、親が亡くなる前に子どもが預金を引き出していたケースもあります。死亡前なら何でも自由というわけではなく、誰の意思で、何のために引き出したかが重要です。

例えば親本人から「入院費を払っておいて」と依頼され、子どもが親のために10万円を引き出して病院へ支払ったケースと、親に無断で300万円を引き出して子ども自身が使ったケースでは法的な意味が異なります。

相続が始まった後にトラブルにならないよう、高齢の親の預金を家族が管理している場合には、通帳、領収書、出金日、使途などを日頃から記録しておくことが重要です。

死亡後の預金を扱う際に残しておきたい記録

相続人同士のトラブルを防ぐためには、金額だけでなく資金の流れを説明できる状態にしておくことが有効です。

  • 死亡日時点の預金残高
  • 死亡後に引き出した日時と金額
  • 引き出した理由
  • 葬儀会社や病院などへの支払額
  • 領収書・請求書
  • 残った現金の保管場所
  • ほかの相続人へ説明した内容

「家族のお金だから細かい記録はいらない」と考えていると、数か月後の遺産分割で記憶が食い違うことがあります。数百万円単位の出金であればなおさら記録を残すべきでしょう。

まとめ|暗証番号を知っていても親の死亡後に預金を全額自由に取得できるわけではない

親が亡くなった後、銀行が死亡を把握する前であれば、キャッシュカードと暗証番号を知っている子どもがATMから出金できてしまうことはあります。しかし、「ATMで出金できる」ことと「その子どもが全額を自分のものにできる」ことは別問題です。

死亡時に親が持っていた預貯金は相続財産です。死亡後に現金化しても相続財産としての問題が消えるわけではなく、ほかの相続人がいれば遺産分割との関係を考えなければなりません。無断で全額を引き出して自己使用すれば、返還や精算をめぐる民事上のトラブルになる可能性があります。

また「口座が凍結されたら葬儀代を払えないから、先に全額下ろすしかない」というわけでもありません。現在は、遺産分割前でも「相続開始時の預貯金額×1/3×法定相続分」を基本として、同一金融機関につき相続人1人当たり150万円を上限に正式な払戻しを受けられる制度があります。[参照:法務省「預貯金の払戻し制度の創設」]

死亡後すぐに現金が必要な場合は、キャッシュカードで秘密裏に全額を引き出すのではなく、金融機関へ相続発生を伝えて正式な相続手続きや仮払い制度を確認する方法が安全です。すでに引き出している場合には金額と使途を明確にし、領収書を保存して、ほかの相続人へ説明できる状態にしておくことが重要です。

特に相続人が複数いる、親に借金があるか分からない、相続放棄を検討している、すでに誰かが多額の預金を引き出しているといった場合には、自己判断でさらに財産を動かさず、金融機関や弁護士・税理士などの専門家へ個別に確認するのが適切です。

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