「定年をなくして、働ける限り働く社会にするべきなのか」という議論では、賛成・反対のどちらにも合理的な理由があります。働きたい高齢者に選択肢が増えることはメリットですが、定年廃止が事実上の「死ぬまで働かなければ生活できない社会」になれば、老後の自由や健康面への不安が大きくなります。
一方で、2026年現在の日本では、すべての会社に定年制の廃止が義務付けられているわけではありません。65歳までの雇用確保は企業の義務ですが、70歳までについては就業機会を確保することが努力義務です。定年廃止はそのために企業が選択できる方法の一つにすぎません。
また、定年が廃止されたからといって、退職金が必ずなくなる、給料が必ず半額以下になる、年金を受け取れなくなる、という関係でもありません。本当に重要なのは「定年があるかないか」だけではなく、何歳まで働くことを本人が選べるのか、賃金・退職金・年金・健康への配慮をどのように設計するかです。
- 2026年現在、日本で「定年廃止」が義務化されたわけではない
- 70歳まで働くことも2026年時点では一律の義務ではない
- 実際に定年を廃止している企業はまだ少数
- 定年廃止に賛成する最大の理由は「働きたい人が働ける」こと
- 「働ける」と「働かなければならない」はまったく違う
- 年齢が上がれば健康リスクが高くなる問題は避けられない
- 定年廃止になっても退職金が自動的になくなるわけではない
- 「定年廃止なら退職金ゼロ」と決めつけるのは早い
- 定年後に給料が半額以下になるとは限らない
- 60歳以降の賃金低下を補う制度もある
- 年金は「定年したらもらう制度」ではなく原則65歳から
- 働かず65歳から年金生活を始める選択肢も残る
- 定年廃止のメリットとデメリットを整理すると
- 企業側にも「年齢だけでは判断できない」という難しさがある
- 老後の世界旅行や趣味を諦める必要があるとは限らない
- 「何歳まで働くか」は老後資産によっても変わる
- 定年廃止より「選択できる社会」のほうが重要
- まとめ:定年廃止は働く選択肢を増やすならメリット、働くことを事実上強制するなら問題
2026年現在、日本で「定年廃止」が義務化されたわけではない
定年廃止を議論する前に、現在の制度を正確に整理しておく必要があります。
高年齢者雇用安定法では、企業が定年を設ける場合、原則として60歳未満にはできません。また、65歳未満の定年を設けている企業には、65歳までの安定した雇用を確保するため、一定の措置を取ることが義務付けられています。[参照:厚生労働省 高年齢者雇用安定法]
企業が選択できる65歳までの雇用確保措置は、次の3つです。
- 定年を65歳まで引き上げる
- 希望者を65歳まで継続雇用する制度を設ける
- 定年制そのものを廃止する
つまり、法律が企業に求めているのは「全企業が定年をなくすこと」ではありません。定年を残したまま再雇用制度によって65歳まで働けるようにすることも認められています。
70歳まで働くことも2026年時点では一律の義務ではない
2021年4月からは、70歳までの就業機会を確保する制度も導入されています。ただし、こちらは65歳までの雇用確保とは法的な位置付けが異なります。
厚生労働省によると、事業主には70歳までの就業機会を確保するため、定年の引上げ、定年制廃止、70歳までの継続雇用制度、業務委託契約などの措置を講じる努力義務があります。[参照:厚生労働省 70歳までの就業機会確保]
したがって、2026年現在、「全員が70歳まで会社員として働かなければならない」「70歳定年が全国一律になった」という制度ではありません。
働ける機会を増やす政策と、本人に働き続けることを強制する政策は同じではないという点を分けて考える必要があります。
実際に定年を廃止している企業はまだ少数
定年廃止は話題になりやすいものの、現時点で日本企業の多数派になっているわけではありません。
厚生労働省が公表した2025年6月1日時点の「高年齢者雇用状況等報告」では、21人以上を常時雇用する企業のうち、65歳までの雇用確保措置として最も多かったのは「継続雇用制度」で65.1%、次いで「定年の引上げ」が31.0%でした。[参照:厚生労働省 令和7年高年齢者雇用状況等報告]
同じ調査では、65歳以上定年企業と定年制を廃止した企業を合わせた割合は34.9%です。
つまり、日本は徐々に「長く働ける制度」へ移行しているものの、現状は定年を完全撤廃する企業より、定年年齢を引き上げたり、定年後に再雇用したりする企業が中心です。
定年廃止に賛成する最大の理由は「働きたい人が働ける」こと
定年廃止の最大のメリットは、年齢だけを理由に一律で雇用契約を終了させる必要がなくなることです。
例えば65歳でも健康状態が良く、高度な専門知識や経験を持っている人にとって、「65歳になったから一律退職」という制度は必ずしも合理的ではありません。本人が働きたいのであれば、70歳やそれ以上まで働く選択肢があってもよいでしょう。
会社側にとっても、技能を持つベテランを活用できたり、若手へ技術を継承してもらったりできるメリットがあります。人手不足が深刻な業界では特に重要です。
また、年金以外の収入があることで、老後資金を取り崩す速度を遅くできることも働き続けるメリットです。
「働ける」と「働かなければならない」はまったく違う
一方、定年廃止に反対する側が強く懸念するのは、「長く働ける社会」が「生活のためにいつまでも働かざるを得ない社会」へ変わることです。
本来、65歳以降も仕事を続けるかどうかは、健康、資産、家族、人生観などによって本人が選べるのが望ましいでしょう。
旅行をしたい人、趣味に時間を使いたい人、家族と過ごしたい人、地域活動をしたい人もいます。働くことだけが人生の目的ではありません。
定年廃止を評価する際には「働く自由が広がるのか」と「働かない自由が失われるのか」を区別することが重要です。
年齢が上がれば健康リスクが高くなる問題は避けられない
高齢になるほど個人差が大きくなり、健康状態によってフルタイム勤務が難しくなる人も増えます。
同じ68歳でも、週5日勤務が問題ない人もいれば、持病や体力の低下によって短時間勤務のほうが適している人もいます。そのため「70歳まで全員同じ条件で働く」という制度設計には無理があります。
定年延長や定年廃止を進めるのであれば、短時間勤務、週3日勤務、業務内容の変更、在宅勤務など、年齢や健康状態に応じた選択肢を整えることが重要です。
高齢者雇用を「何歳まで会社に残すか」だけで評価するのではなく、「安全に無理なく働けるか」という視点も欠かせません。
定年廃止になっても退職金が自動的になくなるわけではない
定年廃止の議論でよくある不安の一つが、「定年がなくなれば退職金もなくなるのではないか」というものです。
しかし、定年制と退職金制度は別の制度です。定年を廃止したことだけを理由に、法律上当然に退職金が消滅するわけではありません。
そもそも退職金制度そのものは、すべての会社に法律で設置が義務付けられている制度ではありません。厚生労働省も、退職金は必ず設けなければならない制度ではない一方、会社が退職金制度を設ける場合には、適用範囲、計算方法、支払時期などを就業規則へ記載する必要があるとしています。[参照:厚生労働省 就業規則と退職手当]
つまり、定年廃止企業でも一定年齢で退職金を精算する制度にしたり、実際の退職時に支払う制度にしたりすることは可能です。具体的な扱いは会社の退職金規程によります。
「定年廃止なら退職金ゼロ」と決めつけるのは早い
例えば従来60歳定年だった会社が65歳定年へ変更した場合でも、退職金を65歳時点まで積み立てる会社もあれば、60歳でいったん退職金を精算して、その後は再雇用とする会社もあります。
厚生労働省のモデル就業規則にも、継続雇用制度の対象者について「定年時に退職金を支給し、その後の再雇用については退職金を支給しない」とする規定例があります。これはあくまでモデルの一例ですが、定年後の働き方と退職金を分けて設計できることが分かります。
したがって、制度変更のニュースを見たときは「定年が何歳になるか」だけでなく、退職金を何歳で確定するのか、勤続年数をどこまで算入するのか、制度変更前の権利をどう扱うのかを確認する必要があります。
定年後に給料が半額以下になるとは限らない
「60歳を超えると給料が半額になる」というイメージもありますが、法律で一律に半額へ下げることが決まっているわけではありません。
実際には、定年後の再雇用によって職務・責任・勤務時間が変わり、賃金が大幅に低下するケースはあります。一方で、同じ職務や役割を継続して賃金水準を比較的維持する企業もあります。
厚生労働省は、定年後に有期雇用で継続雇用された人についても同一労働同一賃金の考え方が適用され、単に「定年後の再雇用者だから」という理由だけで待遇差が当然に合理的になるわけではないと説明しています。[参照:厚生労働省 高年齢者雇用安定法Q&A]
もちろん、職務内容や責任、配置変更の範囲などが変われば、それに応じた賃金差が認められる場合があります。
60歳以降の賃金低下を補う制度もある
60歳以降に賃金が大きく下がった一定の人を対象として、雇用保険には「高年齢雇用継続給付」があります。
原則として60歳以上65歳未満の雇用保険一般被保険者で、60歳時点などと比べて賃金が75%未満に低下した場合などに支給対象となります。[参照:厚生労働省 高年齢雇用継続給付Q&A]
2025年4月1日以降に60歳へ到達するなど新しい支給率が適用される人については、一定の場合、各月の賃金の10%を上限として支給される仕組みに変更されています。[参照:厚生労働省 高年齢雇用継続給付の支給率変更]
ただし、この給付があれば賃金低下をすべて補えるわけではありません。そのため老後の生活設計では、再雇用後の想定賃金を会社へ事前に確認しておくことが重要です。
年金は「定年したらもらう制度」ではなく原則65歳から
定年と年金の受給開始年齢も同じではありません。
老齢基礎年金は、原則として受給資格期間を満たした人が65歳から受け取ります。厚生年金の加入期間がある人は、原則65歳から老齢厚生年金も上乗せして受給できます。[参照:日本年金機構 老齢基礎年金の受給開始時期]
そのため、会社が60歳定年でも年金が原則60歳から自動的に支給されるわけではありません。逆に、会社で65歳以降も働いているからといって、必ず年金を受け取れないわけでもありません。
年金と就労は一定のルールのもとで併存します。「定年を廃止したら年金生活そのものがなくなる」という単純な関係ではありません。
働かず65歳から年金生活を始める選択肢も残る
老齢年金は原則65歳から受け取れるため、十分な年金額や貯蓄がある人であれば、会社が70歳まで働ける制度を用意していても65歳で仕事を辞めるという選択ができます。
また、一定の条件のもとで60歳から65歳になるまでの間に年金を繰り上げて受け取る制度や、66歳から75歳まで受給を繰り下げる制度もあります。繰上げれば年金額は減額され、繰下げれば増額されます。[参照:日本年金機構]
つまり老後は、「60歳で完全引退」「65歳まで働く」「年金を受けながら短時間勤務」「70歳まで働いて年金を繰り下げる」など、多様な組み合わせが考えられます。
定年廃止のメリットとデメリットを整理すると
定年廃止については、一方だけを見て賛成・反対を決めるより、本人と企業それぞれの立場から考えると整理しやすくなります。
| 観点 | メリット | デメリット・懸念 |
|---|---|---|
| 労働者 | 働きたい限り収入を得られる | 生活のため長期間働かざるを得なくなる懸念 |
| 老後資金 | 貯蓄の取り崩しを遅らせやすい | 賃金が下がれば期待したほど資金改善しない |
| 健康 | 仕事による社会参加の機会がある | 体力低下や病気の人には負担になり得る |
| 企業 | 経験・技能を活用できる | 人件費や人員配置、世代交代が難しくなることがある |
| 若年層 | 技能継承を受けられる | ポストが固定化すれば昇進機会への懸念がある |
このため定年廃止そのものより、「本人の希望に応じて引退時期を選べる制度」にすることが重要です。
企業側にも「年齢だけでは判断できない」という難しさがある
企業側からすると、高齢者雇用には経験や技能を活用できるメリットがある一方、健康状態や職務遂行能力に大きな個人差があるという問題があります。
しかし「高齢者だから働けない」と一括りにすることも適切ではありません。65歳でも非常に高い専門性を持つ人がいる一方、年齢が若くても職務遂行能力が十分でない場合があります。
定年廃止を進めるのであれば、単純に年齢で区切る方式から、能力・職務・健康・本人の希望などを適切に評価する人事制度への変更が必要になります。
その意味では、定年廃止は「高齢社員を無条件に永久雇用する制度」というより、年齢による一律退職をなくしたうえで、働き方を個別に設計する制度と考えるほうが実態に近いでしょう。
老後の世界旅行や趣味を諦める必要があるとは限らない
定年延長のニュースを見ると、「定年後に予定していた旅行や趣味の時間がなくなる」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、会社が定年を70歳にしたり定年を廃止したりしても、一般的には労働者が退職する自由までなくなるわけではありません。
例えば65歳時点で十分な年金・退職金・金融資産があり、「もう仕事をせず旅行をしたい」と考えるのであれば、本人が退職することは可能です。
問題になるのは、制度上は辞められても、年金や貯蓄だけでは生活できず事実上働き続けなければならないケースです。これは定年制そのものだけでなく、賃金、年金水準、退職金、物価、住宅費、老後資産などを含む社会保障・家計全体の問題として考える必要があります。
「何歳まで働くか」は老後資産によっても変わる
例えば65歳時点で住宅ローンがなく、年金だけで生活費の大部分を賄え、十分な金融資産もある人なら、完全に引退して旅行や趣味に時間を使うことが現実的です。
一方で住宅ローンや家賃負担が大きく、年金だけでは毎月5万円不足する人なら、週2~3日の仕事を続けるだけでも資産の減少を大きく抑えられる場合があります。
このように「70歳まで働くべきか」は全国民に共通する正解がある問題ではありません。
年金見込額、退職金、預貯金、毎月の生活費、住宅費、健康状態、やりたいことを組み合わせて、自分にとって必要な労働期間を決めることが現実的です。
定年廃止より「選択できる社会」のほうが重要
定年廃止への賛否が割れる最大の理由は、「働きたい人」と「早く引退したい人」の価値観がまったく違うからです。
例えば、仕事そのものが好きで70歳を超えても専門職を続けたい人に60歳や65歳で強制的に退職させることは、本人にも企業にも損失となる可能性があります。
逆に、40年間働いた後は旅行、趣味、家族との時間を優先したい人に対して、「高齢者も働くべきだ」と社会的に圧力をかけることも望ましいとはいえません。
望ましい制度は「70歳まで働かせる社会」ではなく、「働きたい人は長く働け、引退できる人は自分のタイミングで引退できる社会」と考えることができます。
まとめ:定年廃止は働く選択肢を増やすならメリット、働くことを事実上強制するなら問題
2026年現在、日本で全企業の定年制が廃止されたわけではありません。法律上、65歳までの雇用確保措置は企業の義務ですが、企業は「定年引上げ」「継続雇用制度」「定年廃止」の中から対応できます。また70歳までの就業機会確保は現在のところ努力義務です。
定年廃止には、働きたい高齢者が年齢だけを理由に退職させられず、収入や社会参加を継続できるメリットがあります。企業にとっても、人手不足への対応やベテランの技能継承につながります。
一方で、老後までフルタイムで働かなければ生活できない社会になれば、定年廃止に対する反発が強くなるのは自然です。健康状態には個人差があり、仕事以外の人生を楽しみたいという価値観も尊重されるべきです。
また、定年廃止によって退職金が自動的に消滅するわけではなく、給料が法律上一律半額になるわけでもありません。退職金は会社の規程、60歳以降の賃金は職務・労働条件などによって決まります。年金も定年の有無とは別に、原則65歳から受給できる制度です。
そのため、定年廃止を単純に「賛成か反対か」で決めるより、本人が働く期間を選択できること、健康に応じて勤務時間を減らせること、賃金を合理的に設定すること、退職金や年金を含めて安心して引退できる仕組みを残すことが重要です。
定年がなくても、十分な老後資金があり仕事を辞めたい人は自分のタイミングで引退できます。反対に、働き続けたい人にはその機会を残すことができます。定年制度の議論で目指すべきなのは「一生働く社会」ではなく、働く自由と引退する自由の両方を持てる社会といえるでしょう。


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