2026年8月、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長が米国の制裁対象に指定されました。報道では、米国企業のVisaブランドのクレジットカードや私用Gmailが利用できなくなるなど、裁判官としての活動だけではなく日常生活にも影響が及ぶ可能性が伝えられています。
このニュースを見ると、「日本人なのに、なぜ米国政府の決定で日本発行のカードやメールまで影響を受けるのか」「日本政府やEUが企業にサービス再開を命令できないのか」という疑問が生じます。
ポイントは、米国の制裁は単なる入国禁止ではなく、米国人・米国企業などに制裁対象者との一定の取引を禁止する経済制裁であり、ドル決済、カードネットワーク、クラウドサービスなど米国企業が世界規模で提供するインフラにも影響が波及し得ることです。一方、制裁を解除する権限と、EUなどが域内で制裁の影響を遮断することは別問題です。
- 赤根智子ICC所長に何が起きたのか
- なぜ米国はICC所長を制裁したのか
- 米国の制裁を受けると具体的にどうなる?
- Visaカードが使えなくなるとはどういうこと?
- Visaという会社とクレジットカード発行会社は同じではない
- なぜGmailまで使えなくなる可能性があるのか
- 米国企業に「制裁を無視してサービスを続けろ」と要求できる?
- 日本政府が米国の制裁を「強制解除」することはできる?
- では制裁そのものを解除する方法はある?
- 米国の裁判所で争う方法もある
- EUの「ブロッキング規則」で無効化できるという話は本当?
- ただし現在のブロッキング規則が自動的にICC制裁を無効にするわけではない
- EUでブロッキング規則を発動すればGmailもVisaも必ず復活する?
- EUは赤根所長への制裁に反対している
- 欧州の銀行すべてが赤根所長との取引を止めているわけではない
- なぜ米国の国内法がこれほど世界へ影響するのか
- 米国側にも主張があることは分けて考える必要がある
- 現実的に考えられる制裁への対抗策
- まとめ|日本が一方的に解除はできないが、EUの対抗措置や法的・外交的手段はある
赤根智子ICC所長に何が起きたのか
米国政府は2026年8月18日、ICCの赤根智子所長と上級法廷弁護士アブドゥライェ・セエ氏を新たな制裁対象に指定しました。米財務省外国資産管理局(OFAC)のICC関連制裁プログラムにも、8月18日の追加指定が掲載されています。[参照:米財務省OFAC「International Criminal Court-Related Sanctions」]
日本政府も同日付の措置を受け、8月19日に外務報道官談話を発表しました。外務省は赤根氏が米国の制裁措置の対象として追加されたことを確認したうえで、日本はICCを一貫して支持しており、「今回の措置は大変残念」と表明しています。[参照:外務省「国際刑事裁判所(ICC)に対する米国の制裁」]
つまり、SNS上の噂だけではなく、赤根所長が米国のICC関連制裁対象になったこと自体は、米国政府と日本政府双方の公式情報で確認できます。
なぜ米国はICC所長を制裁したのか
米国はICCのローマ規程の締約国ではなく、米国政府は自国や同盟国の国民についてICCが管轄権を行使することに強く反発しています。
米国側はICCが米国やイスラエルなどICC非加盟国の国民に対して権限を行使することを問題視し、2025年2月の大統領令14203を根拠としてICC関係者への制裁を進めてきました。赤根所長への制裁もこの枠組みで行われています。[参照:米財務省OFAC]
これに対してICC支持国やEUなどは、裁判所や裁判官への制裁が司法の独立を損なうとして反発しています。つまりこの問題は、単純に「赤根氏個人に問題があった」という構図ではなく、ICCの管轄権をめぐる米国とICCの深刻な制度的・外交的対立として理解する必要があります。
米国の制裁を受けると具体的にどうなる?
OFACの資産凍結型制裁では、対象者が米国内に保有する財産や、米国人の所有・管理下に入った対象財産が原則として凍結されます。また米国人には、原則として制裁対象者との一定の取引が禁止されます。
ここでいう「米国人」は米国内にいる人だけという意味ではありません。米国法上の定義に該当する米国企業なども含まれるため、世界中で事業を展開する米国企業のサービスに影響が及ぶ可能性があります。
そのため、制裁対象者が米国に住んでいなくても、米国企業が運営する金融・ITサービスなどから切り離される可能性があります。これが米国制裁の影響力が国境を越えて大きく見える理由の一つです。
Visaカードが使えなくなるとはどういうこと?
クレジットカードでは、「カードを発行した銀行」と「Visaなどの国際ブランド」は別の存在です。例えば日本や欧州の銀行がカードを発行していても、そのカードがVisaブランドなら決済ネットワークにはVisaが関係します。
赤根所長は報道機関への説明で、米国企業Visaのクレジットカードについて、日本で発行したものを含めて使えないと考えている旨を述べています。
重要なのは、「日本の銀行口座そのものが米国政府によって消滅する」という話ではないことです。カード決済には発行会社、加盟店、決済ネットワークなど複数の主体が関係しており、その一部が米国の制裁規制に服することでサービス提供が困難になる可能性があります。
Visaという会社とクレジットカード発行会社は同じではない
「Visaカードが止まる」と聞くと、Visaが赤根氏へ直接お金を貸していたように感じるかもしれませんが、通常はそうではありません。
クレジットカードを発行して与信を提供するのは銀行やカード会社で、Visaは国際的な決済ネットワークを提供する役割を担います。このため日本発行カードであっても、Visaネットワークを利用する以上、米国企業であるVisa側のコンプライアンスが関係します。
逆に言えば、米国制裁によって「世界中のあらゆる決済手段が法律上必ず利用不能になる」という意味でもありません。どの金融機関・決済ネットワークが関係するかによって影響は異なります。
なぜGmailまで使えなくなる可能性があるのか
Gmailを提供しているGoogleも米国企業です。そのため米国の制裁法令に基づき、制裁対象者へのサービス提供が規制対象になる場合があります。
赤根所長は、私用のGmailも制裁によって利用できなくなるとの見通しを報道機関に説明しています。一方、ICCでは以前から米国企業への依存によるリスクを意識し、欧州を拠点とするシステムへのデータ移転などを進めていたため、裁判所の日常業務については支障がない旨も説明しています。
ここでも「Googleが政治的判断で個人的に赤根氏を嫌ってメールを止めた」という理解は正確ではありません。米国企業には米国の制裁規制を遵守する義務があるため、企業自身の政治的立場と法令遵守は分けて考える必要があります。
米国企業に「制裁を無視してサービスを続けろ」と要求できる?
米国政府の制裁が有効である間、米国企業にとっては米国法へのコンプライアンスが必要です。そのため日本政府や個人がGoogleやVisaへ「不合理だから米国法を無視してサービスを再開してほしい」と要求しても、それだけで企業が制裁を無視できるわけではありません。
企業が独自判断で制裁対象者との禁止取引を続ければ、企業側が米国当局から制裁違反を問われる可能性があります。
したがって、米国企業についてサービス再開を確実に実現するには、制裁対象からの削除、米政府による許可、一般ライセンス・個別ライセンスなど、米国法上サービス提供が許される根拠が必要になる場合があります。
日本政府が米国の制裁を「強制解除」することはできる?
日本政府が米国政府の制裁リストを直接書き換えることはできません。制裁は米国の法制度に基づく米国政府の措置だからです。
日本政府が取り得る方法としては、米国政府への外交的働きかけ、赤根氏やICCへの実務的支援、ICC加盟国との連携などがあります。実際、日本政府は制裁発表前から米側へ働きかけていたとされ、制裁後も赤根所長との意思疎通を続けています。
しかし外交交渉によって撤回を求めることと、法的権限によって米国へ解除を命令することは別です。日本政府には米国のOFAC制裁を一方的に無効化する権限はありません。
では制裁そのものを解除する方法はある?
一般論として米国のOFAC制裁には、指定の再検討やリストからの削除を求める法的・行政的な手続きがあります。また米政府自身が政策を変更して制裁を解除することもあります。
実際、ICCをめぐる米国制裁は過去にも政策転換がありました。第1次トランプ政権はICC関係者へ制裁を科しましたが、2021年にバイデン政権がこれを解除しています。日本外務省も当時、「米国による対国際刑事裁判所(ICC)制裁解除について」という談話を発表しています。[参照:外務省「国際刑事裁判所(ICC)」]
したがって制裁は永久に変更できないものではありません。ただし、現在の米政権が政策を維持している間に、日本側が一方的な手続きで強制解除できるわけではありません。
米国の裁判所で争う方法もある
ICC関係者への制裁をめぐっては、米国内でも法的な争いが起きています。2026年には米国の人権団体などが、ICC関係者への制裁が米国憲法上の言論の自由などを侵害するとして連邦裁判所へ提訴しています。
過去のICC制裁をめぐっても米国の裁判所で争われた例があります。したがって「米国大統領が決めたのだから司法審査の対象に絶対ならない」というわけではありません。
ただし訴訟を起こせば直ちに赤根所長への制裁が消えるというものでもありません。原告適格、制裁の法的根拠、憲法上の問題、行政法上の問題などが争われ、最終的な判断には時間がかかる可能性があります。
EUの「ブロッキング規則」で無効化できるという話は本当?
この問題で注目されているのが、EUの「Blocking Statute(ブロッキング規則)」です。これは第三国が域外適用する特定の制裁法によってEUの企業や個人が影響を受けることに対抗するための制度です。
欧州委員会によると、ブロッキング規則には、対象となる外国法に基づいた外国裁判所の判断をEU域内で認めないことや、対象となる外国法へのEU事業者の追随を原則禁止すること、損害回復の仕組みなどがあります。[参照:欧州委員会「Extraterritoriality (Blocking statute)」]
これがICC関係者への米国制裁対策として利用できないか、EU内で議論されています。
ただし現在のブロッキング規則が自動的にICC制裁を無効にするわけではない
ここには重要な注意点があります。EUのブロッキング規則は、米国のあらゆる制裁を自動的に対象とする法律ではありません。
欧州委員会の公式説明によると、現在の附属書は主として米国によるキューバ・イラン関連の特定措置を対象としています。ICC関連制裁を実際に保護対象にするには、附属書への追加など制度上の対応が必要になります。[参照:欧州委員会]
欧州委員会は2026年2月時点で、ICCの活動継続を確保する措置として、ブロッキング規則の附属書を変更する委任法令も検討対象に含まれると回答していました。ただし外交的働きかけと個別的な解決策を優先するとしていました。[参照:欧州議会・欧州委員会回答]
EUでブロッキング規則を発動すればGmailもVisaも必ず復活する?
仮にEUがICC制裁をブロッキング規則の対象に追加したとしても、「赤根所長のすべてのサービスが翌日から完全復旧する」とまでは言えません。
ブロッキング規則が直接規制する中心はEUの管轄下にある事業者です。GoogleやVisaのような米国企業本体には米国法上の義務もあります。またグローバル企業には米国法人、欧州法人など複雑な企業構造があります。
その結果、企業が米国法では「取引してはいけない」、EU法では場合によって「米国制裁へ追随してはいけない」という法令の衝突に直面する可能性があります。ブロッキング規則はこの米国制裁の域外効果へ対抗する強力な手段ですが、米国の制裁そのものを世界中から消去する制度ではありません。
EUは赤根所長への制裁に反対している
EUは2026年8月19日、赤根所長とセエ上級法廷弁護士への米国制裁について声明を発表し、米国の決定を深く遺憾としました。
EU上級代表は、ICCが国際刑事司法制度の基礎であり、裁判所や職員への制裁はその活動を損なうとして、ICCとその職員を外部からの圧力や脅威から保護するため支援を続けると表明しています。[参照:EU対外行動庁「ICCに対する米国制裁についての声明」]
さらにスペインなどからは、ICC関係者を保護するためEUのブロッキング規則を利用すべきだという要求も出ています。このため「EU側に対抗手段が全く存在しない」という状況ではありません。
欧州の銀行すべてが赤根所長との取引を止めているわけではない
米国制裁の影響は強力ですが、世界中のすべての企業・銀行が赤根所長との取引を法律上禁止されるわけではありません。
赤根所長は報道機関への説明で、欧州の複数の銀行が制裁を受けたICC職員への支援を続け、取引を継続しているとしており、出張手配や給与支払いなどはこうした銀行を通じて行われているとしています。
これは重要な点で、米国制裁=世界中の全銀行口座・全決済・全ITサービスが自動的に停止するという理解は正確ではありません。米国との法的・経済的な関係、各国の法律、企業のリスク判断によって対応は異なります。
なぜ米国の国内法がこれほど世界へ影響するのか
この問題が「理不尽に見える」と感じられやすい背景には、米国企業と米国金融システムの国際的な影響力があります。
世界の決済ではドルが広く使われ、カードではVisaやMastercard、ITではGoogle、Microsoft、Amazonなど米国企業が巨大なシェアを持っています。米国の制裁対象になると、米国内の資産だけではなく、こうした企業との取引にも影響が及ぶ可能性があります。
このためICC自身も米国企業への技術的依存を減らす動きを進めています。この問題は一人の裁判官の不便だけではなく、国際機関が特定国の金融・デジタルインフラへ依存することによる「デジタル主権」「金融主権」の問題としても注目されています。
米国側にも主張があることは分けて考える必要がある
米国政府は、この制裁を単なる嫌がらせとは位置付けていません。米国はICCのローマ規程締約国ではなく、自国やイスラエルなどICC非加盟国の国民にICCが管轄権を行使することは国家主権への侵害だという立場を取っています。
一方、ICC側は、ローマ規程に基づく管轄権を適法に行使しているという立場です。EUや日本はICCを支持しており、特にEUは裁判所の独立性を外部からの圧力から守る必要があるとしています。
したがって「制裁が妥当か」という評価と、「現在の米国法上、米国企業がどう対応しなければならないか」という法律上の問題は分けて考える必要があります。
現実的に考えられる制裁への対抗策
赤根所長やICCへの制裁について、現時点で考えられる主な対応策を整理すると次のようになります。
| 方法 | 何ができるか | 限界 |
|---|---|---|
| 米政府による指定解除 | 制裁そのものを解除できる | 米政府の判断が必要 |
| OFACへの行政的手続き | 指定の再検討などを求める | 自動的に解除されるわけではない |
| 米国内での訴訟 | 制裁の適法性を司法で争う | 時間がかかり結果も不確実 |
| 日本政府の外交交渉 | 米国へ撤回・緩和を働きかける | 米国へ法的に解除を命令できない |
| EUブロッキング規則 | EU域内で米国制裁の域外効果へ対抗 | ICC制裁を対象にする制度対応が必要で、米国制裁自体を消すものではない |
| 非米国系サービスへの移行 | 業務・決済への実害を軽減する | 制裁そのものは残る |
つまり「強制解除」という一つのボタンが存在するわけではありません。制裁そのものを撤回させる方法と、制裁による実生活・業務への影響を減らす方法を並行して進めることになります。
まとめ|日本が一方的に解除はできないが、EUの対抗措置や法的・外交的手段はある
ICCの赤根智子所長は2026年8月18日に米国のICC関連制裁対象へ追加され、日本政府もこの事実を公式に確認しています。米国の制裁は米国内の資産凍結だけではなく、米国人・米国企業との一定の取引を制限するため、Visaの決済サービスやGoogleのGmailなど日常的なサービスにまで影響が及ぶ可能性があります。[参照:米財務省OFAC]
この措置を妥当と考えるかどうかについては、米国とICC・EUなどで立場が大きく対立しています。日本政府はICCを一貫して支持しており、赤根所長への制裁を「大変残念」と表明しています。EUも制裁に反対し、ICCと職員への支援継続を明確にしています。[参照:外務省][参照:EU対外行動庁]
ただし、日本政府が米国の制裁を法的権限によって一方的に「強制解除」することはできません。制裁そのものを解除するには、米政府による指定解除など米国側の手続きが中心になります。米国内の裁判で適法性を争う方法や、外交交渉によって撤回を求める方法も考えられます。
一方、EUには第三国制裁の域外適用へ対抗するブロッキング規則があります。ICC制裁をその対象へ加えるべきだという議論は実際に進んでおり、欧州委員会も制度変更を検討対象としてきました。ただし、これは米国の制裁そのものを世界的に消去する制度ではなく、EU域内でその効果を抑える仕組みです。[参照:欧州委員会]
そのため現実的には、米国への外交的働きかけや法的手続きで制裁解除を目指す一方、欧州の銀行・ITインフラなどを利用してICCの活動を継続し、必要に応じてEUが域外制裁への対抗措置を強化するという複数の対応が考えられます。この問題は赤根所長個人だけの問題ではなく、一国の経済制裁がグローバルな決済・ITインフラを通じて国際裁判所の独立性にどこまで影響できるのかという、国際法・金融・デジタル主権にまたがる問題でもあります。


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