仕事中のけがが治らないまま休職が続き、その後に退職することになった場合、「退職したら労災は終わるのか」「働けないので失業手当も受け取れないのではないか」「健康保険の傷病手当金に切り替えられるのか」と、生活費に関する不安が重なりやすくなります。
このようなケースで重要なのは、労災保険の休業(補償)等給付、療養(補償)等給付、雇用保険の基本手当、雇用保険の受給期間延長、健康保険の傷病手当金は、それぞれ支給条件が異なるという点です。「退職したから自動的に別の制度へ切り替わる」という仕組みではありません。
また、首のけがに続いて背中の痛みなど別の症状が生じた場合には、その症状が元の業務災害と医学的に関連するのか、それとも業務外の別傷病なのかによって利用できる制度が変わる可能性があります。ここでは厚生労働省や協会けんぽの公表情報をもとに、仕事中のけがで働けないまま退職するときに確認したい制度を整理します。
- まず確認したい「労災の治療」と「休業補償」は別の給付
- 退職しただけで労災保険の給付がなくなるわけではない
- 休業補償給付が打ち切られた場合は理由を確認する
- 労災の決定に納得できない場合には審査請求制度がある
- 働けない状態では失業手当の「基本手当」をすぐ受給できない
- 30日以上働けないなら雇用保険の「受給期間延長」を確認する
- 「雇用保険の傷病手当」という別制度もある
- 健康保険の「傷病手当金」は業務外の病気・けがが原則
- 退職後でも健康保険の傷病手当金が続く場合がある
- 首をかばって背中を痛めた場合は「別のけが」と決めつけない
- 薬や湿布の使用後に呼吸症状が出た場合は給付より受診を優先する
- 退職前後に確認しておきたい制度を整理
- 退職前に集めておきたい資料
- まとめ|働けないまま退職するときは「労災終了=失業手当」ではない
まず確認したい「労災の治療」と「休業補償」は別の給付
労災では、治療に関する給付と、仕事を休んだ期間の所得を補う給付は別に扱われます。業務災害による負傷・疾病の治療には「療養補償給付」、療養のため働けず賃金を受けられない場合には「休業補償給付」などがあります。
厚生労働省によると、休業補償給付は、業務災害による傷病の療養のため労働することができず、賃金を受けられない場合に、原則として休業4日目から給付基礎日額の60%相当額が支給されます。さらに休業特別支給金として20%相当額が支給され、合わせると給付基礎日額の80%相当となります。[参照:厚生労働省]
したがって、「治療は労災で継続しているが、休業補償給付については支給されていない」という状態は制度上あり得ます。治療が続いていることだけで、休業補償給付も必ず継続するわけではありません。
退職しただけで労災保険の給付がなくなるわけではない
仕事中のけがをした後に退職する場合、「会社を辞めたら労災も終了する」と考えてしまいがちですが、退職そのものによって既に発生している労災保険の権利が当然に消滅するわけではありません。
労働者災害補償保険法には、労働者が保険給付を受ける権利について、退職によって変更されない旨の規定があります。そのため、退職後であっても業務上の負傷・疾病について療養が必要であれば、所定の条件のもと労災による治療が続くことがあります。
同じ考え方から、休業補償給付についても「退職したから請求できない」と一律に決まるわけではありません。重要なのは退職の有無ではなく、業務上の傷病の療養のため労働できないこと、賃金を受けていないことなど、休業補償給付の支給要件を満たしているかです。
休業補償給付が打ち切られた場合は理由を確認する
以前は休業補償給付を受けていたものの、その後支給されなくなった場合には、「なぜ支給対象ではなくなったのか」を確認することが非常に重要です。
例えば、治療自体は必要でも「労働することができない状態」とまでは認められないと判断されれば、療養に関する給付が続く一方で休業補償給付が認められない場合があります。逆に、その後症状が変化した場合などには、現在の状態について医師や労働基準監督署へ相談する意味があります。
「一度休業補償が終わったから、二度と請求できない」と自己判断するのは避けましょう。現在の傷病状態、医師の診断、労務不能の状況、以前の決定内容によって扱いが異なるため、管轄の労働基準監督署へ具体的に確認することが大切です。
労災の決定に納得できない場合には審査請求制度がある
労災保険給付について労働基準監督署長から不支給などの決定を受け、その判断に納得できない場合には、不服申立ての制度があります。
厚生労働省によると、労災保険給付に関する決定に不服がある場合、その決定を行った労働基準監督署長を管轄する都道府県労働局の労働者災害補償保険審査官へ審査請求できます。原則として、決定があったことを知った日の翌日から起算して3か月以内に行う必要があります。[参照:厚生労働省]
単に振込が止まったのか、正式な不支給・支給変更等の決定がされたのかによって対応も異なります。通知書が届いている場合には処分内容や日付を確認し、分からなければ労働基準監督署へ問い合わせるのが確実です。
働けない状態では失業手当の「基本手当」をすぐ受給できない
雇用保険のいわゆる失業手当(基本手当)は、単に「会社を辞めて収入がなくなった人」へ支給する制度ではありません。厚生労働省は、基本手当について、働く意思と能力があり、求職活動をしているにもかかわらず就職できない場合に支給されるものと説明しています。[参照:厚生労働省]
そのため、けがや病気によって現時点では就職することができない状態なら、原則としてその期間に基本手当を受給することはできません。「労災治療を健康保険へ切り替えれば失業手当を受け取れる」という関係でもありません。
ポイントは、どの医療保険で治療しているかではなく、現在実際に働ける状態なのかです。例えば「明日仕事を紹介されたとしても、けがのため勤務を開始できない」という状態であれば、基本手当の前提となる就労能力の点が問題になります。
30日以上働けないなら雇用保険の「受給期間延長」を確認する
病気やけがで退職後すぐに働けない人のために、雇用保険には受給期間を延長する仕組みがあります。これは現在働けない人に失業手当をすぐ支給する制度ではなく、回復して求職できるようになった後に基本手当を受けられる期間を確保するための制度です。
厚生労働省の案内では、病気やけがによってすぐに働けず、その期間が30日以上となる場合、受給期間を最大で「原則1年+3年」の4年まで延長できるとされています。[参照:厚生労働省]
例えば、退職後6か月間は療養が必要で求職活動ができず、その後回復して働けるようになった場合、受給期間延長の手続きをしておくことで、回復後にハローワークで基本手当の受給を検討できます。長期療養が予想される場合は、退職後早めにハローワークへ相談しておくことが重要です。
「雇用保険の傷病手当」という別制度もある
名称が紛らわしい制度として、雇用保険にも「傷病手当」があります。健康保険の傷病手当金とは別の制度です。
雇用保険の受給資格決定後、病気やけがによって一定期間職業に就くことができなくなった場合などに問題となる制度で、離職した時点ですでに長期間働けないケースでは、まず受給期間延長が関係することがあります。
どちらを利用する状況なのかは、けがをした時期、離職日、ハローワークで受給資格決定を受けた時期などによって変わります。退職後にハローワークへ「現在療養中で働けない」と明確に伝え、該当する手続きを確認するのが安全です。
健康保険の「傷病手当金」は業務外の病気・けがが原則
もう一つ混同しやすいのが、会社員が加入する健康保険の「傷病手当金」です。協会けんぽでは、傷病手当金の要件の一つを業務外の事由による病気やけがの療養としています。仕事中や通勤途中の病気・けがは原則として労災保険の対象です。[参照:協会けんぽ]
したがって、仕事中に負った首のけがについて「労災の休業補償が止まったから、健康保険の傷病手当金へ自由に切り替える」という選択ができるわけではありません。協会けんぽも、仕事中や通勤途中に負ったけがについて、労災と健康保険のどちらを使用するか本人や会社が自由に選択することはできないと案内しています。[参照:協会けんぽ]
一方、仕事とは関係のない別の病気・けがで働けなくなった場合には、健康保険の傷病手当金の対象になる可能性があります。そのため複数の症状があるケースでは、それぞれが業務上なのか業務外なのかを医療機関や保険者へ正確に伝える必要があります。
退職後でも健康保険の傷病手当金が続く場合がある
業務外の病気・けがについて健康保険の傷病手当金を受給している人は、一定の条件を満たすと退職後も継続して受給できる場合があります。
協会けんぽでは、資格喪失日の前日、つまり通常は退職日までに継続して1年以上の被保険者期間があり、退職時点で傷病手当金を受給しているか受給要件を満たしている場合、資格喪失後も残りの支給期間について継続給付を受けられるとしています。なお、退職日に出勤すると継続給付の要件を満たさなくなる場合があるため注意が必要です。[参照:協会けんぽ]
傷病手当金の支給期間は、同一傷病について支給開始日から通算1年6か月です。ただし、そもそも業務災害である傷病について健康保険の傷病手当金を利用する制度ではないため、労災の傷病と業務外の傷病を混同しないことが重要です。
首をかばって背中を痛めた場合は「別のけが」と決めつけない
労災で治療している首をかばった結果として背中を痛めた場合、それが元の労災事故と医学的・相当因果関係のある症状なのか、日常生活による新たな負傷なのかは、本人だけでは判断できません。
例えば、元のけがによる身体の動かし方の変化が新たな症状につながったと医師が判断するケースも考えられる一方、まったく独立した傷病と評価される可能性もあります。「後から痛くなったから労災ではない」「元のけがが原因だから必ず労災になる」と自己判断しないことが重要です。
診察時には「いつから痛み始めたか」「どのような動作で発症したか」「元の首の症状との関係をどう感じているか」を具体的に医師へ伝え、労働基準監督署にも相談するとよいでしょう。
薬や湿布の使用後に呼吸症状が出た場合は給付より受診を優先する
湿布や鎮痛薬などの使用後に息苦しさ、喘鳴、呼吸困難などが現れた場合、給付制度の確認とは切り離して医療機関へ相談することが重要です。症状が治まったように見えても、使用した薬剤名や発症した時間、症状などを医師へ伝えてください。
特に呼吸困難、意識がおかしい、唇が青紫になるなど緊急性が疑われる症状が再び現れた場合には、救急要請を含め速やかに医療につなげる必要があります。
また、「湿布が原因だろう」「アスピリン喘息だろう」と自己診断して薬を変更するのではなく、使用していた医薬品を医師や薬剤師に提示して判断を受けることが大切です。
退職前後に確認しておきたい制度を整理
| 制度 | 主な対象 | 退職後のポイント |
|---|---|---|
| 労災の療養(補償)等給付 | 業務・通勤が原因の傷病の治療 | 退職したことだけを理由に当然終了するものではない |
| 労災の休業(補償)等給付 | 労災傷病の療養により働けず賃金を受けられない場合 | 退職の有無より支給要件を満たすかが重要 |
| 雇用保険の基本手当 | 働く意思・能力があり求職している離職者 | 療養のため働けない期間は原則受給できない |
| 雇用保険の受給期間延長 | 病気・けがなどで30日以上働けない人 | 回復後に基本手当を受けるため重要 |
| 健康保険の傷病手当金 | 原則として業務外の病気・けがで働けない被保険者 | 所定の要件を満たせば退職後の継続給付あり |
複数の制度があるため、「どれが一番得か」で選ぶのではなく、傷病の原因と現在の就労能力に応じて適用される制度を確認することが基本になります。
退職前に集めておきたい資料
退職後に会社との連絡が取りにくくなることも考え、手元にある資料を整理しておくと相談がスムーズです。労災の支給決定通知・不支給等の通知、事故発生時の記録、診断書や医療機関の資料、休業期間が分かる資料、給与明細、会社とのやり取りなどは保管しておきましょう。
また、離職票が届いたら離職理由の記載も確認します。病気やけがを理由とした離職については、雇用保険上の離職理由の判断に関係する場合があるため、実際の退職理由と記載内容が異なると感じた場合はハローワークへ相談してください。
労災については労働基準監督署、失業給付・受給期間延長についてはハローワーク、健康保険の傷病手当金については加入している健康保険組合や協会けんぽが主な相談先です。一か所だけですべての制度を判断してもらうのではなく、それぞれの窓口で確認することが大切です。
まとめ|働けないまま退職するときは「労災終了=失業手当」ではない
仕事中のけがが治らないまま退職する場合でも、退職したという理由だけで労災による治療や給付を受ける権利が当然になくなるわけではありません。一方、休業補償給付には「労災による療養のため働けない」などの支給要件があるため、治療が続いていても休業補償が必ず支給されるとは限りません。
また、失業手当の基本手当は「働けること」が前提です。療養中で就職できない場合には、健康保険へ切り替えることで基本手当を受けられるようになるわけではなく、30日以上働けないなら雇用保険の受給期間延長を確認することが重要です。
特に確認したいのは、①休業補償給付が終了した具体的な理由、②現在も労災傷病のため労務不能なのか、③新しく生じた症状が元の労災と関連するのか、④退職後の雇用保険について受給期間延長が必要か、の4点です。労働基準監督署とハローワークへ退職前後のできるだけ早い時期に相談し、必要に応じて加入している健康保険にも傷病手当金の対象となる別傷病があるか確認すると、利用できる制度を整理しやすくなります。

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