契約書を読んでいて、「甲は甲の建物に対して…」「乙は乙の費用で…」というような表現に違和感を覚える方も少なくありません。もっと簡潔に「自分の建物に対して」「自己の費用で」と書いた方が自然だと思うかもしれませんが、実はそこには法的な配慮や明確性のための工夫があるのです。
なぜ契約書は「甲」「乙」を繰り返すのか?
契約書における「甲」や「乙」は、契約当事者を一意に区別するために用いられています。特に法的文書では、あいまいさを徹底的に排除する必要があるため、「甲の建物」「乙の費用」といった表現が繰り返されるのです。
たとえば「自己の費用」と書いた場合、それが「甲」なのか「乙」なのか、第三者が読んでも一目で判断できるような表現にはなりにくい場合があります。契約書では、このような曖昧表現はリスクとなるため、あえて冗長に感じる文体を用いています。
「甲」や「乙」を使った典型例とその意味
以下のような条文が契約書ではよく見られます。
- 甲は、甲の所有する建物について火災保険に加入しなければならない。
- 乙は、乙の設置した看板を乙の費用で撤去するものとする。
このように主語・所有者・費用負担者を一貫して「甲」「乙」で表すことで、誰が何をするか、費用を負担するのは誰かという点が明確になります。
「自ら」「自己」などの表現との違い
「自らの」「自己の」といった表現も一見わかりやすく見えますが、複数当事者が絡む契約では、文脈によっては誤解を招く恐れがあります。特に契約実務に慣れていない第三者や裁判官が読んだ場合でも明確に伝わるよう、「甲」「乙」を明示的に繰り返す手法が採られています。
また、「自己」と書くと、契約書の途中で「甲=自己」「乙=自己」と解釈が混乱するリスクがあります。そのため、文体上は不自然でも法的リスクの回避が優先されるのです。
契約書独特の文体はなぜ変えられないのか?
契約書は裁判などでの証拠となる可能性があるため、条文ごとの独立性と正確性が非常に重要視されます。通常の文章のような「前文を前提とした省略表現」ではなく、条文単体でも意味が通る文体が好まれます。
そのため、読みやすさよりも正確さ・一貫性が優先され、結果的に「甲」「乙」を繰り返す構文が生まれます。
実務でのアドバイス:読みやすさと正確さのバランス
契約実務においては、読みにくくても内容が明確であることが求められます。ただし、社内契約や社外向けの説明資料では、「甲(以下、A社)」「乙(以下、B社)」のように説明的な補足を加えると、読みやすくなります。
また、契約書ドラフト時にあらかじめ見出しを設けたり、項目を箇条書きにしたりすることで、読み手への配慮も可能です。
まとめ:契約書のくどさは「法的正確性のための工夫」
契約書において「甲」「乙」を繰り返すのは、法律的な正確性を高め、後の紛争リスクを避けるための工夫です。文章が冗長に見えても、それは意図的なものであり、「わかりやすさ」よりも「誤解のなさ」を優先しています。
契約書を読む際は、このような背景を理解しておくと、文体に対する違和感が軽減されるでしょう。
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